老後の医療費に備えるには?公的医療制度と医療保険の考え方
多くの方が、定年退職後の生活において、医療費の負担について不安を感じていらっしゃるのではないでしょうか。年齢を重ねるにつれて医療機関にかかる機会が増えることも考えられ、「どれくらいの費用がかかるのか」「どのように備えれば良いのか」といった疑問をお持ちかもしれません。
この記事では、老後の医療費に対する備えについて、まず日本の公的な医療制度がどのようになっているのかを確認し、その上で民間の医療保険をどのように考えれば良いのかを分かりやすく解説します。
日本の公的な医療制度を知る
私たちが医療機関にかかったとき、医療費の全てを自分で支払うわけではありません。これは、日本に「国民皆保険制度」という公的な医療保険制度があるためです。誰もが公的な医療保険に加入することで、安心して医療を受けられる仕組みになっています。
特に65歳以上の方の場合、主に「後期高齢者医療制度」や、引き続き会社の健康保険組合や共済組合、国民健康保険に加入している方もいらっしゃいます。どの制度に加入しているかによって、医療費の自己負担割合などが異なりますが、原則として医療費の一部を自己負担する形で医療を受けることができます。
医療費の自己負担割合について
医療機関でかかった医療費のうち、自分で負担する割合は年齢や所得によって定められています。
- 75歳以上の方(後期高齢者医療制度に加入している方)
- 原則として医療費の1割負担です。
- 現役並みの所得がある方は3割負担となります。
- 65歳から74歳の方
- 加入している公的医療保険制度(会社の健康保険、国民健康保険など)によりますが、原則として医療費の2割負担(現役並みの所得がある方は3割負担)となります。ただし、一定の所得がある方は、75歳以上の後期高齢者医療制度と同様の扱いとなる場合があります。
このように、公的な医療保険制度によって、医療費の大部分は保険から支払われ、自己負担は一部で済むようになっています。
高額療養費制度について
公的な医療保険制度には、「高額療養費制度」という大変重要な仕組みがあります。これは、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が、ひと月(月の初めから終わりまで)で自己負担限度額を超えた場合に、その超えた分の金額が払い戻される制度です。
この制度があるため、もし医療費が高額になったとしても、自己負担には上限が設けられています。自己負担限度額は、年齢や所得水準によって異なります。
例えば、70歳以上で一般所得の方の場合、ひと月の自己負担限度額は以下のようになっています。
| 区分 | 外来(個人単位) | 世帯単位(外来+入院) | | :----------- | :--------------- | :--------------------- | | 一般所得者 | 18,000円 | 57,600円 | | 低所得者II | 8,000円 | 24,600円 | | 低所得者I | 8,000円 | 15,000円 |
上記はあくまで一例です。所得や年齢によって金額は異なります。 事前に「限度額適用認定証」を取得して医療機関に提示することで、窓口での支払いを自己負担限度額までとすることも可能です。
高額療養費制度があることで、たとえ大きな病気や怪我で入院・手術が必要になったとしても、際限なく医療費がかかるわけではないという安心感があります。
公的制度を踏まえた上で民間の医療保険を考える
公的な医療制度、特に高額療養費制度によって、医療費の自己負担には上限があることがお分かりいただけたかと思います。では、それでも民間の医療保険を検討する必要はあるのでしょうか。
民間の医療保険は、公的な医療制度だけではカバーしきれない部分や、入院中の様々な費用を補う役割が期待できます。
民間医療保険でカバーできる可能性のある費用
民間の医療保険から受け取れる給付金は、主に以下のような公的医療制度の対象とならない費用や、自己負担分を補うために役立ちます。
- 差額ベッド代: 個室や少人数部屋など、標準的な病室よりも条件が良い病室を選んだ場合にかかる費用です。これは医療行為そのものではないため、公的医療保険の対象外となります。
- 先進医療にかかる費用: 厚生労働大臣が定める先進医療を受けた場合、医療技術そのものの費用は公的医療保険の対象外となり、全額自己負担となります。(通常の医療と共通する部分は公的医療保険が適用されます。)
- 入院中の食費: 入院中の食費の一部は自己負担となります。
- 交通費、日用品費: 医療機関への通院にかかる交通費や、入院中に必要となるパジャマやタオルなどの日用品費、家族のお見舞いの交通費なども自己負担です。
- 公的医療保険の自己負担分: 高額療養費制度を適用しても残る自己負担分を補うことができます。
これらの費用は、公的な医療保険だけでは全てを賄えません。特に長期入院や、差額ベッド代のかかる病室を希望する場合などには、まとまった費用が必要になることがあります。
民間の医療保険の役割
民間の医療保険は、入院日数に応じた給付金や、手術、放射線治療、先進医療などに対する一時金を受け取ることで、上記の自己負担費用や、医療費以外の様々な出費に備える役割があります。
- 経済的な不安の軽減: 予期せぬ病気や怪我による医療費の負担を軽減し、安心して治療に専念できるようにします。
- 選択肢の広がり: 差額ベッド代を気にせず病室を選べたり、先進医療を検討しやすくなったりする可能性があります。
- 生活費の補填: 入院によって収入が減ったり、家族が付き添いのために仕事を休んだりする場合の生活費の補填にも役立つことがあります。
民間の医療保険を検討する際のポイント
民間の医療保険の加入を検討する際には、いくつかの点を考慮することが大切です。
- 現在の健康状態: 健康状態によっては、加入できる保険の種類が限られたり、加入が難しかったりする場合があります。持病がある方向けの保険なども存在しますが、保険料が高くなることもあります。
- 公的医療制度の理解: まずはご自身の公的医療保険制度、特に高額療養費制度についてしっかりと理解することが重要です。その上で、公的制度でカバーできない部分に、どれくらいの備えが必要かを考えます。
- 貯蓄や他の備え: 医療費のために準備している貯蓄や、加入している他の保険(会社の福利厚生など)で備えができている部分がないかを確認します。
- 必要な保障内容: 入院給付金の日額や支払い限度日数、手術給付金の有無、先進医療特約など、ご自身の心配事に合わせて必要な保障内容を検討します。
- 保険料: 保険料は無理なく払い続けられる金額であるかを確認します。保障内容を手厚くすれば保険料は高くなりますが、どこまでの備えが必要かを冷静に判断することが大切です。
まとめ
老後の医療費に備えるためには、まず日本の公的な医療保険制度、特に「高額療養費制度」を理解することが第一歩です。これにより、医療費の自己負担には上限があることが分かります。
その上で、公的な制度だけではカバーできない差額ベッド代や先進医療費、その他の諸費用などに対して、民間の医療保険で備えるかどうかを検討します。ご自身の健康状態、貯蓄状況、そして何に対して不安を感じるのかをじっくりと考え、必要な保障内容を見極めることが、賢い医療保険選びにつながります。
保険は一度加入すると長く付き合うことになります。焦らず、ご自身にとって最適な備えは何かを慎重に検討してください。